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創業
創業者 山本壽作(じゅさく)は、役所関連業務から転職し鍼灸治療院を開設。あごひげを蓄え、濱松の灸はり【オヒゲノキウ】山本壽恵鍼灸本院の名で静岡県浜松市木戸町にて治療業をはじめる。
コッヘル回旋法
先代 重美(しげよし)も鍼灸業を志す。昭和10年17歳で鍼術を、翌年灸術の営業免許を取得し、治療業をはじめる。独特な代々の鍼灸術は現在でも当院の特徴である。
重美は昭和14年、21歳で浜松の徴兵検査を受け、間も無く招集。静岡34連隊(陸軍)に入隊、国内で一等兵まで昇進後に中国へ渡る。上等兵の時に現地の軍医学校受験、ダメで元々だったという結果は合格し、軍医見習士官に。従軍中、ドイツ軍医との交流でドイツのゲッチンゲン医科大学でしか学べない「コッヘル回旋法」という関節治療技術の教えを受ける。それを基に独自の関節調整法を開発、この技術は当院の特徴的な治療である。その後26歳にて帰国をする。


戦後の案内状
戦後、浜松市木戸町の本院を再建、志太郡島田町(現在の島田市)・静岡市大岩宮下町(現在の同市葵区大岩宮下町)に出張所を開設、周智郡山梨町(現在の袋井市北東部)用福寺内には灸堂を開設し事業を拡大する。重美は静岡出張所から東京荒川区南千住に移り住み、東尾久満光寺前にて独立開業をする。

下町の名鍼灸師

開業後は、脊椎疾患を中心に実績を重ね、埼玉県越谷市に分院を開設(その後足立区竹ノ塚に移転、現在閉院)。下町の知る人ぞ知る名鍼灸師との評判で都知事賞も受賞。診療第1台、線香の煤で黒ずんだ壁、軋む床板の歴史を感じる治療室で75年の治療家人生を送った。

その後重美の孫、現院長が荒川二丁目に屋号を引き継ぎ独立開業。薬品店を併設した治療院を開設すに至る。